雑記

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孤独をあえて愛するということ

インターネットが社会に使われはじめて、もう30年近くたっただろうか。現代では、インターネットがない生活など考えられないほど、私たちの生活に結びついている。

ITが発達していく過程で、コミュニケーションの仕方も大きく変わった。手紙を書いていた時代から、電話やメールができるスマートフォンを持ち歩く時代に移り変わった。そして、24時間いつでも、地球の裏側の人とも関係性が持てる世界になった。

 

このような世界なので、毎日誰かしらと連絡を取らない日はない。もちろん、人とのつながりが継続すれば、寂しさを感じないので、それは人類全体ではいいことなのだと思う。だが、それをぼくは、自身の目的や目標を遠ざけているように思えた。

 

そんなときに、斎藤孝氏の著書「孤独の技法」を再読した。その中にあった、「単独者」という概念。これは、進んで孤独な時間をつくり、自分と向き合ったり、能力を開発したり、教養を深めたりなど、あえて孤独を選択する者をそう呼ぶ。昨日の自分より成長するには単独者になる必要があると感じた。

 

思い返せば、ぼくが単独者だった時代はふたつあった。

ひとつは、小学生の数年間に囲碁の有段者になったとき。もうひとつは、大学受験の浪人時代だ。どちらも、技術を磨いたり、勉強したりするときは、まさしく単独者であっただろう。そして、十分とは言えなかったが、以前の自分よりは成果を残したことを思い出した。

 

斎藤氏は、自分にとって重要な時代は単独者になれ、という。ぼくにとって、いまがそのときだと感じた。まずは、自分で孤独な時間をつくるところからはじめようと思う。

期間は職が決まるまでとするので、長くとも三か月ほどだろう。それくらい、ひとりで過ごせなくてクリエイティブなことなどできないだろう。と、言い聞かせてやってみるしかないかな。