雑記

雑記

産業発展と自然淘汰

近年は技術発展に伴い、多くのコストを削減できるようになった。その理由は、以前は人の手で行うしかなかった作業、たとえば店舗での会計処理や工場の機械を操作することなどが、ITやAIに代行される時代になったからだ。

これらに伴い生産性は向上し、新しい産業が生まれた。社会全体で見ればいいことなのだが、産業の誕生の陰で古いものは斜陽産業に変わっていく。その中でも価値を残せたものだけが生き残るのが現代の傾向なのである。

 

では、近代でなくなりそうなものはなにか。いろいろ存在するので、いくつか紹介する。

ひとつは、上記でも上げたが会計処理をする全般の仕事だ。基本的に機械が処理を行う店舗での会計がこれにあたり、その他に電車賃の会計も同様だ。いずれはタクシーにも導入されるだろう(コストが低くなればの話だが)。

もうひとつは、事務処理の仕事だ。企業の事務作業や人事評価、調査結果など、ソフトウエアやプログラミング、AIなどで単純化や省略可されている。PCが市場に流通するまでは手作業で、上記の技術がないときはPCの打ち込みで対応してたが、いまでは以前より多くの時間を節約できるようになった。

最後は、機械の操作だ。機械には、車をつくったり、印刷をしたり、食品をつくったりなどさまざまな場所で使用されている。以前は多く人の手が介在していたが――たとえば印刷のはじまりは木版印刷という版画みたいなものなので、ひとつの印刷に多くの時間がかかっていたことがわかるだろう――現代ではそれが想像できないほど、機械が行うことが自然だ。

 

このように、産業が発展すれば不要とされてしまう仕事は出てくるのである。このような自然淘汰に似た産業構造で、どのように生き残るのか、引き続き考えていきたい。